「ちょっと見るだけ」と言って文具屋に入ったことが、文具好きには一度もありません。「ちょっと見るだけ」は嘘です。入った瞬間に「ちょっと」は終わっています。

そもそも「ちょっと見るだけ」という言葉、文具屋の前で使うのをやめた方がいいと思っています。自分への嘘です。同行者への嘘でもあります。文具屋に入ったが最後、時間の流れ方が変わります。外では10分しか経っていないのに、中では45分経っている、という現象が普通に起きます。文具屋には独自の時空間があります。たぶん。

入ってからの動きは、毎回だいたい同じです。まずボールペンコーナーに吸い寄せられます。「新しいのが出てるかな」とチェックします。たいてい何か出ています。手に取って、試し書き台で書いてみます。「いいな」と思います。でもまだ買いません。とりあえずキープです。頭の中に仮置きして、次のコーナーへ移ります。この「頭の中にキープ」が曲者で、次のコーナーに行くと新しい「仮置き」が発生して、最終的に頭の中が仮置きだらけになります。

🗺 文具屋における標準的な巡回ルート
1
入口付近の新商品コーナー
「何が新しいか」を確認。ここだけで5分溶ける。
〜5分
2
ボールペン・シャープペンコーナー
試し書き台でひたすら書く。「これ持ってたっけ?」が発生する。
〜15分
3
ノート・手帳コーナー
「紙質が気になる」と言いながら全部めくる。ここが最大の時間泥棒。
〜25分
4
付箋・マスキングテープコーナー
「可愛い」「これは持っていない」が連発する危険地帯。
〜35分
5
万年筆・インクコーナー(ある場合)
入ったら最後。ここで時空が歪む。同行者に謝る。
〜∞

「これ持ってたっけ?」問題、あれは本当に困ります。試し書きしながら「この色、家にあるかな?」と思っても、家の引き出しの中身は遠すぎて思い出せません。買って帰ったら全く同じものが家にあった、という経験を何度したかわかりません。かといってスマホで写真を撮って確認するほどでもない気がして、「まあいいか、気に入ってるなら2本あっても」という謎の合理化をして買います。文具好きの「謎の合理化」は進化しています。

ノートコーナーが一番危ないです。紙質を確かめるという名目で全部のノートをめくり始めると、止まらない。「このノートは裏写りしないかな」「罫線の間隔が絶妙だな」「表紙の質感がいいな」と次々と発見が出てきます。ノートを買うつもりがなかったのに、コーナーを離れる頃には1冊か2冊が手の中にあります。どのタイミングで手に取ったか、記憶がありません。気づいたら持っていた、という不思議な体験です。

気づいたら手に持っている文具がある。
いつ取ったかは覚えていない。
でも離せない。

同行者がいるときの文具屋は、また別の難しさがあります。「ちょっと待ってて」と言って入るんですが、「ちょっと」が伸びていくのを自分でもわかっています。5分のつもりが15分、15分のつもりが30分。外で待っている人への申し訳なさと、もう少し見たい気持ちが拮抗して、結果としてどちらも中途半端になります。ちなみに「一緒に入ってもらう」という選択肢もあるんですが、相手も文具好きだった場合は1時間コースになります。どちらに転んでも長い。

そして最終的にレジに向かうわけですが、レジに向かいながらもまだ目が泳いでいます。「あ、あっちのコーナーまだ見てなかった」という気持ちが芽生えます。でも同行者の顔を思い出して、踏みとどまります。「また来ればいい」と自分に言い聞かせます。次に来たとき、同じコーナーで同じように時間を溶かします。成長がありません。でもそれでいい気がしています。

★ 本日のお買い上げ ★

ゲルボールペン(黒)¥220
↑ 同じの、たぶん家にある
付箋(3色セット)¥330
ノート A5方眼(気づいたら持ってた)¥440
マスキングテープ(限定柄)¥198
↑ 買うつもりなかった

合計¥1,188
※ 入店前の所持予定:¥0 ※ 滞在時間:47分

「ちょっと見るだけ」で入って、1,000円以上使って出てくる。これが文具屋の現実です。でも不思議と後悔がないんですよね。使った金額より、過ごした時間の満足感の方が大きい。あの棚の前で、新しいものを発見して、試し書きして、迷って、選んで──その時間全体が楽しかったから、レシートを見ても「まあいいか」という気持ちになります。文具屋はそういう場所です。

なので「ちょっと見るだけ」は嘘ですが、「楽しんでくるだけ」は本当です。今日も文具屋の前を通りかかったら、吸い込まれます。30分以上かけて出てきます。それでいいと思っています。

📌 文具屋に入るときの心得

時間に余裕を持って入りましょう。「5分で出る」は幻想です。「30分あれば大丈夫」も、万年筆コーナーがあれば崩壊します。

同行者には事前に「文具屋があるルートを通るかもしれない」と申告しておくことをおすすめします。不意打ちは関係に影響します。経験談です。