「ちょっと見るだけ」と言って文具屋に入ったことが、文具好きには一度もありません。「ちょっと見るだけ」は嘘です。入った瞬間に「ちょっと」は終わっています。
そもそも「ちょっと見るだけ」という言葉、文具屋の前で使うのをやめた方がいいと思っています。自分への嘘です。同行者への嘘でもあります。文具屋に入ったが最後、時間の流れ方が変わります。外では10分しか経っていないのに、中では45分経っている、という現象が普通に起きます。文具屋には独自の時空間があります。たぶん。
入ってからの動きは、毎回だいたい同じです。まずボールペンコーナーに吸い寄せられます。「新しいのが出てるかな」とチェックします。たいてい何か出ています。手に取って、試し書き台で書いてみます。「いいな」と思います。でもまだ買いません。とりあえずキープです。頭の中に仮置きして、次のコーナーへ移ります。この「頭の中にキープ」が曲者で、次のコーナーに行くと新しい「仮置き」が発生して、最終的に頭の中が仮置きだらけになります。
「これ持ってたっけ?」問題、あれは本当に困ります。試し書きしながら「この色、家にあるかな?」と思っても、家の引き出しの中身は遠すぎて思い出せません。買って帰ったら全く同じものが家にあった、という経験を何度したかわかりません。かといってスマホで写真を撮って確認するほどでもない気がして、「まあいいか、気に入ってるなら2本あっても」という謎の合理化をして買います。文具好きの「謎の合理化」は進化しています。
ノートコーナーが一番危ないです。紙質を確かめるという名目で全部のノートをめくり始めると、止まらない。「このノートは裏写りしないかな」「罫線の間隔が絶妙だな」「表紙の質感がいいな」と次々と発見が出てきます。ノートを買うつもりがなかったのに、コーナーを離れる頃には1冊か2冊が手の中にあります。どのタイミングで手に取ったか、記憶がありません。気づいたら持っていた、という不思議な体験です。
いつ取ったかは覚えていない。
でも離せない。
同行者がいるときの文具屋は、また別の難しさがあります。「ちょっと待ってて」と言って入るんですが、「ちょっと」が伸びていくのを自分でもわかっています。5分のつもりが15分、15分のつもりが30分。外で待っている人への申し訳なさと、もう少し見たい気持ちが拮抗して、結果としてどちらも中途半端になります。ちなみに「一緒に入ってもらう」という選択肢もあるんですが、相手も文具好きだった場合は1時間コースになります。どちらに転んでも長い。
そして最終的にレジに向かうわけですが、レジに向かいながらもまだ目が泳いでいます。「あ、あっちのコーナーまだ見てなかった」という気持ちが芽生えます。でも同行者の顔を思い出して、踏みとどまります。「また来ればいい」と自分に言い聞かせます。次に来たとき、同じコーナーで同じように時間を溶かします。成長がありません。でもそれでいい気がしています。
「ちょっと見るだけ」で入って、1,000円以上使って出てくる。これが文具屋の現実です。でも不思議と後悔がないんですよね。使った金額より、過ごした時間の満足感の方が大きい。あの棚の前で、新しいものを発見して、試し書きして、迷って、選んで──その時間全体が楽しかったから、レシートを見ても「まあいいか」という気持ちになります。文具屋はそういう場所です。
なので「ちょっと見るだけ」は嘘ですが、「楽しんでくるだけ」は本当です。今日も文具屋の前を通りかかったら、吸い込まれます。30分以上かけて出てきます。それでいいと思っています。
📌 文具屋に入るときの心得
時間に余裕を持って入りましょう。「5分で出る」は幻想です。「30分あれば大丈夫」も、万年筆コーナーがあれば崩壊します。
同行者には事前に「文具屋があるルートを通るかもしれない」と申告しておくことをおすすめします。不意打ちは関係に影響します。経験談です。
