使わないとわかって買う。これ、文具好きの間では「普通のこと」として処理されていますが、冷静に考えるとかなりおかしいですよね。でもやめられない。
またやってしまいました。「春限定カラー」と書いてあるサラサを、気づいたら3本レジに持っていっていました。ラベンダー、ミントグリーン、あと名前を忘れた薄いピンク。どれも日常的には絶対使わない色です。自分でもわかっています。でも「限定」という二文字の前では、理性というものがあっさり機能を停止します。
「限定カラー」って、なんでこんなに人を狂わせるんでしょうか。普通の色なら買わないんです。同じボールペンが同じ値段で売っていても、定番色なら「まあいつでも買えるし」と素通りできる。でも「春限定」「数量限定」という言葉がついた瞬間、脳みそのどこかのスイッチが入るんですよね。「今買わないと、もう会えない」という感情が突然発生する。文房具相手に「もう会えない」という感情が発生するの、よく考えるとすごい話です。
しかもこの現象、買ったあとの行動が毎回ほぼ同じです。まず家に帰って並べます。並べて眺めます。「かわいいな」と思います。そのままペンケースには入れません。引き出しの専用スペース(いつの間にかできている)にそっとしまいます。以上です。使いません。
でも「手元に置いておきたい」という気持ちは本物なのだ。
「じゃあ飾るだけなら意味ないじゃないか」という声が聞こえてきそうですが、待ってください。意味はあります。たまに引き出しを開けて、並んでいる限定カラーたちを眺めるだけで、なんか幸せな気持ちになるんです。これは使うとか使わないとかの話じゃなくて、「持っていること」が目的になっている状態で、もはや文具というより小さなコレクションです。フィギュアを飾って眺める人の気持ちと、たぶん同じです。
とはいえ、「絶対使わない」と言い切るのも嘘で、ごくまれに使うことはあります。特別な日の手紙とか、誰かへのメッセージカードとか。そういうときに「そうだ、ラベンダーがあった」と引き出しを開けて、ちょっといい気持ちになれる。日常では使えないけど、ここぞというときのために取っておく──という言い訳が一応成立します。成立していると思いたいです。
限定カラーに目がない人間として観察していると、メーカーの戦略がじわじわわかってきます。春はパステル、夏はビビッド、秋はくすみカラー、冬はシックな深み色。季節ごとにちゃんと「その季節にしかない色」を出してくる。しかも絶妙に、「これは持っていなかった色だ」という隙間を突いてくる。全部持っているはずなのに、また新しい色が来る。どうなっているんでしょうか。ありがとうございます。
友人に「また限定カラー買ったの?」と�呆れ顔で言われたとき、うまく説明できなかったんですが、今なら言えます。これは文具が好きということと、「その季節に、その色があったこと」を手元に残しておきたいということが、一緒になっている感情なんだと思います。写真を撮る感覚に近いかもしれない。使わなくても、あの春に売っていたラベンダーのサラサが引き出しにある、というのが、なんとなく嬉しいんです。変でしょうか。変でいいです。
ということで今日も、文具屋さんのサラサコーナーの前で少し長めに立ち止まっています。夏限定カラー、もう出てるみたいです。アクアブルーとサンセットオレンジ。どちらも日常では絶対使わない色です。でも、まあ、ね。
📌 この気持ち、わかる人いますか
限定カラーを買う→使わない→眺める→また限定カラーが出る→買う。この無限ループ、文具好きのあいだでは「正常な状態」として認識されています。
引き出しの中の限定カラーたちは、使われなくてもちゃんとそこにいます。それでいい、と思っています。たぶん。
