コラム

会議の内容は忘れたのに、 あの人のペンだけ覚えている

会議の内容は忘れたのに、 あの人のペンだけ覚えている
議題は進んでいる。あなたの中でも、別の議題が進んでいる。 会議室に入って、席につく。資料が配られて、誰かが話しはじめる。 その瞬間、あなたの視線は斜め前の人の手元に吸い込まれています。 (……あの人、いいペン使ってる) ここから先の10分間の議題、正直あんまり覚えていません。

会議室は、勝手に開催されている文具展示会

考えてみれば、会議というのは他人の筆記具を堂々とじっと見られる、数少ない場です。

街を歩きながら他人のペンケースを覗き込むことはできません。でも会議なら、みんな自分から机の上にペンを出してくれる。しかもキャップを外して、書いて、置いて、また持つ。全方向から見せてくれる。ありがたい話です。

そして観察は、放っておくとどんどん細かくなっていきます。

  • 全員が支給品の黒ボールペンの中に、一本だけ明らかに私物が混ざっている
  • 三色ボールペンなのに、赤しか使っていない人がいる
  • 罫線に対して、字が異様にまっすぐな人がいる
  • 修正テープをすぐ出せる人は、だいたい仕事ができる

議題は進んでいます。あなたの中でも、別の議題が進んでいます。

「そのペン、いいですね」が言えない

問題は、褒められないことです。

心の中では「あれは真鍮のやつだ、使い込んで色が変わってる」と正確に把握しているのに、口には出せない。初対面の相手に開口一番それを言うと、だいたい変わった人だと思われるからです。

なのであなたは、会議が終わるまで黙っています。エレベーターホールでも黙っています。

そして家に帰ってから、そのペンを検索します。

ついでにカートに入れます。

持ち主とペンが一致しない瞬間が、いちばん面白い

心が動くのは、予想が外れたときです。

いつも淡々と数字の話しかしない部長が、おもむろに万年筆を取り出す。パソコンしか触らなさそうな若手が、やたら渋い鉛筆を削って持ってきている。

人は、ペンで一段深く見えます。話の中身より雄弁なこともある——というのはさすがに言い過ぎですが、言い過ぎでもない気がします。

たまに、見られる側になる

そしてごくたまに、こちらが聞かれる日が来ます。

「それ、何のペンですか?」

このとき文具好きは、全力で平静を装います。「あー、これですか」と一拍おいて、本当は30秒分しゃべりたいところを、なんとか15秒に圧縮する。

その日の会議でいちばんうまく話せたのが、その15秒だったりします。

で、ノートには何が残るのか

会議が終わって、手元のノートを見返す。議題のメモの端に、小さくこう書いてあります。

「〇〇さん:カヴェコ 真鍮」

会議の内容はだいぶ忘れているのに、あのペンのことは、なぜか一年後も覚えている。

よくはない。よくはないのですが、たぶん明日の会議でも、あなたはまた誰かの手元を見ます。

 

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